蔵出し味噌 麺場 田所商店

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発酵が生む味噌の旨み|香り・コクが深まる理由

コラム
味噌樽と大豆・米麹・塩を並べた和のキッチンのイメージ

味噌は「発酵食品」だとよく耳にします。けれど、その発酵の中で実際に何が起きているのかまでは、あまり意識したことがないかもしれません。だしを入れなくても味噌汁に深い旨みがあるのはなぜか、あの独特の香りやコクはどこから来るのか。その答えの多くは、目に見えない発酵の営みの中に隠れています。

この記事では、味噌が発酵食品であるとはどういうことかというところから、発酵に関わる微生物や酵素の働き、そして「発酵」と「熟成」の違いまでを、順を追ってやさしく見ていきます。読み終える頃には、いつもの味噌の一口が、少し違った奥行きを持って感じられるかもしれません。

味噌が「発酵食品」であるということ

味噌は、蒸した大豆に麹と塩を合わせて仕込み、一定の期間置くことでできあがります。このとき、原料をただ混ぜて放っておくだけでは味噌にはなりません。そこで働いているのが、麹菌をはじめとする微生物たちです。

発酵とは、こうした微生物が原料の成分を分解し、別の成分へとつくり変えていく現象を指します。味噌の場合、大豆や麹に含まれるデンプンやタンパク質が、微生物やその酵素の働きによって、糖やアミノ酸といった味わいのもとへと変化していきます。原料そのものにはなかった旨みや香りが生まれてくるのは、この発酵があるからです。

ときどき「発酵と腐敗はどう違うのか」と疑問に思う方がいます。どちらも微生物が食品に働きかける点では似ていますが、人にとって有益で好ましい変化を発酵、好ましくない変化を腐敗と呼び分けているのが一般的な整理です。味噌づくりでは、麹菌や酵母、乳酸菌といった微生物が主役として働き、塩の力も借りながら、好ましい方向へと発酵が進んでいきます。

発酵に関わる微生物たち

味噌の発酵には、いくつかの微生物が関わっています。それぞれが役割を持ち、リレーのようにバトンをつなぎながら、味噌の味わいを形づくっていきます。ここでは代表的な三つの微生物を見てみましょう。

味噌の発酵に関わる3つの微生物(麹菌・酵母・乳酸菌)の役割分担を示した図
微生物 主な働き 生み出すもの 味わいへの関わり
麹菌 酵素をつくり原料を分解 糖・アミノ酸 甘みと旨みの土台になる
酵母 糖を材料に発酵 アルコール・香り成分 華やかな香りや風味を加える
乳酸菌 有機酸をつくる 乳酸などの酸 味を引き締め、まとまりを与える

はじめに働くのが麹菌です。麹菌は、蒸した米や麦、大豆に繁殖させて麹をつくるカビの一種で、味噌づくりに使われるのはニホンコウジカビ(学名:アスペルギルス・オリゼー)と呼ばれる種類です。麹菌は「酵素」という物質をつくり出し、この酵素が原料のデンプンやタンパク質を分解していきます。

次に活躍するのが酵母です。酵母は、麹菌の働きで生まれた糖を材料にして発酵し、アルコールや香りのもとになる成分をつくり出します。味噌のふくよかで華やかな香りには、この酵母の働きが関わっているとされています。

そして乳酸菌は、乳酸などの有機酸をつくり出します。ほどよい酸味は味噌全体の味を引き締め、味わいにまとまりを与える役割を担うと考えられています。麹菌が味の土台をつくり、酵母が香りを添え、乳酸菌が全体を整える。こうした複数の微生物の連携が、味噌の複雑で奥深い味わいを支えています。

なお、麹には米麹・麦麹・豆麹といった種類があり、その違いも味噌の個性を分ける大切な要素です。麹そのものについては、関連記事「麹で変わる味噌の味わい」でくわしく紹介しています。

酵素が旨みと甘みを生む仕組み

発酵の中心的な働きを担うのが、麹菌がつくり出す「酵素」です。酵素は、原料に含まれる大きな成分を小さく分解する、はさみのような役割を持っています。ここでは代表的な二つの酵素に注目してみます。

一つは「アミラーゼ」です。アミラーゼは、原料に含まれるデンプンを分解して糖に変えます。この糖が、味噌のやさしい甘みのもとになります。米を使った麹の味噌に甘みを感じやすいのは、米に多く含まれるデンプンが、アミラーゼによって糖へと変わっていくためと考えられています。

もう一つは「プロテアーゼ」です。プロテアーゼは、大豆などに含まれるタンパク質を分解してアミノ酸に変えます。このアミノ酸が、味噌の旨みのもとになります。味噌汁にだしを加えなくても深い味わいが感じられるのは、こうしたアミノ酸が発酵の中で生まれているからだといえます。

発酵で味が生まれる仕組み(アミラーゼ→デンプン→糖→甘み、プロテアーゼ→タンパク質→アミノ酸→旨み)を示した図

こうして酵素の力で生まれた糖やアミノ酸は、味わいの土台になるだけでなく、このあと述べる熟成の過程でさらに変化し、味噌ならではの香りや色にも関わっていきます。発酵とは、微生物と酵素が原料をつくり変え、味わいのもとを生み出していく過程なのです。

「発酵」と「熟成」はどう違うのか

味噌の話では「発酵」と「熟成」という言葉がよく並んで使われます。似た場面で登場するため同じ意味に思われがちですが、この二つは指している中身が少し異なります。両者の違いを整理しておくと、味噌ができあがっていく流れがぐっと分かりやすくなります。

発酵は、これまで見てきたように、微生物や酵素が原料の成分を分解し、糖やアミノ酸、香り成分といった新しい成分をつくり出していく過程を指します。いわば、味わいの材料が生み出されていく段階です。

一方の熟成は、発酵によって生まれたさまざまな成分が、時間をかけて互いになじみ、味や香りがまとまっていく過程を指します。できたばかりの味噌は、味の要素がまだばらついていることがありますが、熟成が進むにつれて角が取れ、全体として調和した味わいへと落ち着いていきます。

発酵と熟成の違いと流れ(発酵=微生物が成分をつくる/熟成=時間をかけて味と香りがまとまる)を示したイメージ図

この二つは切り離されているわけではなく、発酵で生まれた成分があってこそ、熟成による変化が起こります。発酵が味わいの材料を用意し、熟成がそれを時間をかけて整えていく。そんな関係だと考えると分かりやすいでしょう。

熟成が進む過程では、発酵で生まれた糖とアミノ酸が反応し合い、色が少しずつ濃くなったり、香ばしさが増したりすることも知られています。長く熟成させた味噌が濃い色や深い香りを持ちやすいのは、こうした変化が背景にあります。ただし、熟成の期間が長いほど必ずおいしくなるというわけではなく、目指す味わいによって適した期間はさまざまです。

旨み・香り・コクが深まっていく理由

ここまで見てきたことを、味噌の味わいという視点でまとめてみましょう。味噌の旨みや香り、コクは、どれか一つの働きだけで生まれているわけではありません。複数の微生物と酵素の働き、そして時間の積み重ねが重なり合うことで、少しずつ深まっていきます。

旨みの中心にあるのは、プロテアーゼによって大豆のタンパク質から生まれるアミノ酸です。甘みには、アミラーゼが生み出す糖が関わります。そこに酵母がつくる香り成分や、乳酸菌がつくる有機酸が加わることで、単純な甘さや塩気ではない、奥行きのある味わいが形づくられていきます。

そして、こうして生まれた多くの成分が熟成の中でなじみ合うことで、コクと呼ばれる複雑で深い味わいが育っていきます。発酵で「味わいの材料」が生まれ、熟成でそれらが「一つのまとまり」になる。この二段構えが、味噌ならではの旨みと香りの豊かさを支えているのです。

味噌の種類や原料、仕込みの環境、発酵・熟成の期間などによって、生まれる味わいはさまざまに変わります。だからこそ、味噌には地域ごと、蔵ごとに個性があり、同じ「味噌」という言葉でもこれほど幅広い風味が存在します。

発酵の営みが生む、味噌の多様な味わい

発酵と熟成を通じて生まれる味わいは、味噌の種類や産地によって驚くほど異なります。米味噌のまろやかな甘み、麦味噌の香ばしさ、豆味噌の濃厚なコク。その違いの背景には、原料や麹の種類に加えて、発酵・熟成の進み方の違いがあります。

味噌を専門に扱うお店の中には、味噌らーめん専門店の田所商店のように、北海道・信州・九州・江戸前・伊勢といった各地の味噌を扱い、店舗ごとに地域の特性に合わせた味噌を選んで提供しているところもあります。発酵と熟成が生み出す味わいの幅を知ってから味わうと、一杯の味噌汁やラーメンの奥にある、目に見えない微生物と時間の営みが少し身近に感じられるかもしれません。

味噌の発酵について、もう少し知っておきたいこと

発酵と腐敗は何が違うのですか。

どちらも微生物が食品に働きかける現象ですが、人にとって有益で好ましい変化を発酵、好ましくない変化を腐敗と呼び分けるのが一般的です。味噌づくりでは麹菌・酵母・乳酸菌といった微生物が主役として働き、塩の力も加わって、好ましい方向へと発酵が進みます。

発酵と熟成は同じ意味ですか。

近い場面で使われますが、指す中身は異なります。発酵は微生物や酵素が原料を分解して新しい成分をつくり出す過程、熟成はその成分が時間をかけてなじみ、味や香りがまとまっていく過程です。発酵で生まれた材料を、熟成が整えていくという関係にあります。

だしを入れなくても味噌汁に旨みがあるのはなぜですか。

発酵の過程で、麹菌の酵素プロテアーゼが大豆のタンパク質を分解し、旨みのもとになるアミノ酸を生み出しているためです。味噌そのものに旨み成分が含まれているため、だしを加えなくても深い味わいが感じられます。

熟成の期間が長いほどおいしくなるのですか。

一概にそうとは言えません。熟成が進むと色が濃くなり、香ばしさや深みが増す傾向はありますが、目指す味わいによって適した期間はさまざまです。淡い色でさっぱりした味噌もあれば、長く熟成させた濃い味噌もあり、どちらが良いかは好みや料理によって変わります。

まとめ

味噌は、麹菌・酵母・乳酸菌といった微生物と、麹菌がつくる酵素の働きによって、原料が味わいのもとへと変化していく発酵食品です。アミラーゼがデンプンを糖に、プロテアーゼがタンパク質をアミノ酸に変え、そこに酵母の香りや乳酸菌の酸が加わることで、奥行きのある味わいが生まれていきます。

そして、発酵で生まれた成分が時間をかけてなじみ、味と香りがまとまっていくのが熟成です。発酵が味わいの材料を用意し、熟成がそれを整える。この二つの過程が重なることで、味噌の旨み・香り・コクは少しずつ深まっていきます。

普段何気なく口にしている味噌の一杯にも、目に見えない微生物の営みと、時間の積み重ねが息づいています。次に味噌を味わうとき、その奥で静かに働いてきた発酵の力に少し思いをはせてみると、味噌の世界がまた一歩広がって見えるかもしれません。

参考文献